世間ではファイターズ二軍の北海道内の移転先も北広島のお隣・恵庭に決定し、「この先」について話題が集中している。この章ではむしろ鎌ヶ谷に来る「その前」について触れてみたい。

東京に住んでればその前の写真も容易に撮りに行けるのであろうが、ないので現球場の写真でご容赦ください。
ファイターズの二軍グラウンドは川崎・武蔵小杉。戸田と同じ河川敷のグラウンドである。他巨人は多摩川の東京都側、大洋も川崎市等々力ただしここは多摩川土手の外側だったので施設としては固定物が設置できた。大洋が移転した後ロッテが数年間借用。ウエスタン→イースタンに移籍した西武以外はいずれも河川敷球場でやっていたということですね。
河川敷球場でやるプロ野球は岩本勉氏がyoutubeで語るように、到底プロがプレーする設備とは思えない。ベンチは雨避けのひさしだけ、トイレは仮設、スコアボードは手書きの得点版を刺すだけ、そして極めつけは「電車タイム」

若干当時と角度が違っているかもしれないが、打者から見てバックスクリーン後ろを東急電車が走っていくのだ。当然投球が見えないので打者か審判がタイムをかけて試合中断。しかも一時間2~3本の田舎の電車じゃないですからね。昼間でも片側10数本走る都会の電車。
他にも「少年野球にグラウンドを明け渡す」だの「増水後グラウンドの芝生には正体不明のワカメが増殖」など、ここまでくるとむしろ抱腹絶倒のエピソードかもしれません。語る人が語る人だし。
晩年は同じ神奈川県相模原球場を借りて試合をしていましたが、ここもここで遠いんだ(バスで1時間半ほどかかっていたとか)
そしてようやく見つけた安住の地がここ鎌ヶ谷というわけです。



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