Nack5スタジアム。旧大宮公園サッカー場。古い写真も発掘したのでちょっと脱線します。

960年開場。64年東京五輪のサッカー会場。その後06~07年にかけて大規模改修がなされ、同時に埼玉県域FM局・FM埼玉(周波数79.5MHzから通称Nack5)が命名権を取得してNack5スタジアムに。

バックスタンドすぐ裏に県営大宮球場。たまに西武が主催試合を行っている。ご覧の通りバックスタンドとライトスタンドがほぼくっついている状態なので両者とも拡張できない状況です。
ここから改修前の旧大宮公園サッカー場の様子。

メインスタンドは屋根がちょびっとついたのと、スタンド上段の記者席やVIP席ビルが拡大したくらいで、ここは以前の面影が残っている。

一番変わったのがゴール裏席。改修後は大スタンドになったが、改修前はこの通りコンクリ打ちっぱなしの立見席。高さもほとんどなく相手ゴール裏はほぼ状況がわからない。こんなのでも臨場感は抜群だったのでそれはそれで楽しかったのですが。

バックスタンドから。こちらも臨場感抜群。メインスタンドはこちらは近すぎて、メイン寄りのラインが見切れて見れない。そして大宮といえば4-4-2の3本ライン。DF(赤)-MF(青)-FW(黄)の三本のラインがまっすぐコンパクトに保たれて、ボールと連動して上下に移動する。このディフェンスの堅さが大宮の売り(だった)。
どんだけチームが崩れてきてもここをきっちり締めて失点を0に抑え、何とか1点取って勝つという試合ができ、最低でも0-0で引き分け。これができると最終盤、残留争い佳境になっても勝ち点を確保して、それ故に「残留争いの達人」とまで呼ばれるチームだった。14年にJ2降格して以来その辺がグダグダになってきた印象。

改修中は浦和レッズの旧本拠地・駒場スタジアムでホームゲームを開催していた。そもそも浦和も駒場スタジアムを拡張した95~96年あたりは大宮サッカー場で開催していたから、近隣にスタジアムがあってお互い助かったろう。

駒場の浦和戦など人気が高すぎてチケット入手などとてもとてもの状態だったが、大宮戦は全然だったのでこの時期に何度か大宮戦に行った。

浦和戦だとレッズサポでスタンドを埋め尽くすので、ビジターサポは端っこのビジター専用席(形状からサッカーファンの間では「出島」でおなじみ)に押し込められるが、大宮戦でそこまで埋め尽くすことはかなわないので普通にビジターサポに半分開放。



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